投資は悪か? シンプルに考えてみる
アエラに、晴海フラッグに群がる投資家の記事が出ていた。
それを読んでいて「投資は悪なのでは?」と感じたので深堀りして考えてみたい。
まず、投資とは何か?
辞書には「利益を見込んで資金を出すこと」(デイリーコンサイス国語辞典より)とある。
ここではわかりやすく言い換えて、AさんがBさんにリターン付きでお金を貸すこと、としよう。
とするならば、その投資は別に悪いこととは思えない。
・Bさんには才能があるが、お金はない。
・お金がなければそのせっかくの才能も世に出ない。
・でもお金があれば、その才能によって社会がよりよくなる。
ということが、肌感覚として理解できるから。
名付けるならば、「パトロン的な投資」と言えようか。
次に、晴海フラッグの「不動産投資」について考えてみる。
これを単純化して考えてみると、
・Aさんは投資物件Bに対してお金を出す
・リターンは「価格の上昇」「賃貸収入」
ということになる、と思う。
こちらは何やらきな臭い。
というのも、「パトロン的な投資」にはあった「社会がよりよくなる」という部分が見えないから。
しいていえば、「お金が市場に流れる」という点は良いことなのかもしれないが、
感覚的には、みんなに嫌われる「転売」に近いのではないか。
このタイプの投資は「誰が得するの?自分が得するだけでしょ?」と思われやすく、それゆえに「悪」と呼べなくもないかなあ、と思う。
ということで、こちらを「転売的な投資」と呼ぼう。
このように考えると、投資の善悪とは「投資結果の影響範囲の広さ(と深さ)」によって判断されるのかもしれないな、と思う。
・影響範囲が狭ければ「悪」 = 転売的な投資
例)自分だけがトクをする、など
・影響範囲が広ければ「善」 = パトロン的な投資
例)たくさんの人が幸せになる、など
いったん、こういう仮説でいかがでしょうか。